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1 太陽の家との連携
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投稿者hirakidahirakida さんの画像をもっと!   前回更新2007-9-28 22:05    友人に知らせる友人に知らせる
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太陽の家との連携はFさんという団塊サラリーマンの物語から始まる。Fさんは昭和24年生まれ、営業一筋30年バブル崩壊後団塊おさだまりのリストラに巻き込まれ、50歳にして新たな人生を選ばざるを得なかった。2年間の看護士学校を経て看護士資格を取得、福祉の道を歩む決意をする。その後、縁あって「知的障害者施設太陽の家」に就職、福祉の最前線に赴くことになる。

しかしFさんは福祉の現場で闘うとともに毎日疑問と闘うこととなる。それは今まで知らなかった福祉の現場が余りに企業社会とかけはなれて分からなくなったからである。そこでFさんは障害者に垣根がありすぎ、福祉の現場が世の中からかけ離れてしまうのではないかと考える。

そしてその福祉施設の中では「太陽の家」が最も開かれた更正施設であることも幸いして、徐々に理事長・施設長の理解を得て、施設利用者(障害者)の双方向での交流を進めてみようとする。

利用者が作る有機野菜の販売、陶器の販売で利用者に生産の喜びを味わってもらい、社会に役立っているというプライドをもってもらおうと全力を尽くす。逆に一般の人に障害者を知ってもらおうと春・夏のオープンなお祭りにボランティアとして多数の友人を招き、福祉の現場を知ってもらい、知的障害者がどのような環境で過ごし、どのようなリアクションをするのか肌身で知ってもらうという双方向交流を押しすすめる。

私も今年5月初めて「花咲き祭り」で施設を訪れ、その後何回か訪問したが、それは感動的な体験だ。陶芸のうまいKさんという方がおられたので、「Kさんすごいじゃない、この魚は、インカの土器のような芸術だよ」みたいなことを一緒にいた「うっち」が話すとkさんは、「おれ、有名になっちゃったんだよ」「おれ、有名になっちゃったんだよ」と繰り返し天に突き上げる。そのときOさんという女性の利用者さんが「うっち」に話しかけるとうっちが「ちょっとまってkさんに魚の話をしてんだから」と少し邪険に背を向けると、Oさんは悲しそうな顔をしてとぼとぼと離れて行き、端のほうのいすに座り今にも泣きそうになる。あまりにもしょげ方が悲しそうなので、私がOさんに「どうしたの」とたずねるとみるみるうれしそうに「このシャツはお祭りでもらったんだ」「このシャツはお祭りでもらったんだ」と繰り返す。

ちょうどわれわれが子供のころ出あったあのなつかしい感情そのものである。「三丁目の夕陽」の世界である。知的障害とはどこかで発達がとまってしまうことなのだろうが、そのkさんとOさんは顔かたちは大人だが我々の子供のころの感情をそのまま持っているのである。それは感動する。50年前にタイムスリップしたような不思議な感じである。いったいわれわれはこの50年間何をしていたんだ。ほんとうに純粋な子供の心に会えたようななつかしい感じがするんだ。

是非、地球感謝祭でこの障害者の方と触れ合ってこの不思議なタイムスリップを経験してもらいたい。ボランティア絶対お勧めです。

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