団塊のノーブレスオブリージュ

請戸小学校物語
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2011年3月2日(水曜日)

ふるさと交流 あなた〜出番ですよ!むさしの団塊・シニア交流会

カテゴリー: - hirakida @ 19時48分32秒

今週土曜日の「あなた〜出番ですよ!むさしの団塊・シニア交流会」プレゼン・ブースでのコンテンツについて詰めているのですが、現在積極的に取り組んでいる「ふるさと交流」について、なるほどというアイデアが集約されてきました。

わたしは、都会に生まれ(といっても埼玉・蕨ですが)育ち、地方や海外に5〜6年いただけでずーっと首都圏です。(といっても今住んでいるのは千葉・船橋ですが)

ふるさとにあこがれがあるのです。会社で40年働いてきて、辞めてこれからどうすると言われれば、ふるさとにあこがれるのです、純粋に。

しかし、福島出身のH氏から異論が出ます。

「もともとこれをここに持ち込んだのは俺だ。私は福島を活性化したいという思いで瀬戸市長へ手紙を出したのが発端だ」と言います。

私は反論します。「そんなこと言ってるから高度成長の40年、活性化、活性化と言い続けて、衰退していったんじゃないの。こけしやガラス工芸を売り込むだけの活性化だからだめなんだよ。僕は都会に生まれ都会に住んできた人間としてじっくり考えた。どうやったら本気で取り組めるか。

そしてたどりついた。都会とふるさととを分けるからだめなんだ。都会はふるさとが必要なんだ、ふるさとは都会が必要なんだ。決して真っ二つに分けることはできないんだ。

俺達40年間都会で会社だけで過ごしてきた人間は、会社を辞めたらどこへでも行けるんだ、いつでも自由なんだ。

今までふるさとに目を向けてこなかった会社人は、今こそ自由に今こそいきいきとふるさとで白地に絵をかけるじゃないか」

するとMさんが「ふるさとの人はどう思うかなぁ、またHさんやUさん自己中な人間がふるさとにやってくる、あんまりいい感じは持たないのでないだろうか」

「でも人がふるさとに行かないと始まらないではないですか。地方が弱者だと、弱者を救うような発想では多くの都会人の興味を惹き続けることできないって。本当に自分の心が望むものでなければ長続きしないよ。少なくとも俺は今燃えているから、それがある限りこのプロジェクトは続けるよ」

どっちもどっち核心をつく問題です。


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